飛騨・北陸を回って京都へ(4) 一乗谷朝倉氏遺跡と、信長の逃げ道を京都へ

連載
飛騨・北陸を回って京都へ 第4話/全4話

永平寺から、一乗谷へ。朝倉氏の城下町の跡です。

発掘調査の歩みの幟 唐門 一乗谷の谷

谷の中に、屋敷や町の跡が広がっています。

遺跡の道 谷に広がる遺跡

福井県立一乗谷朝倉氏遺跡博物館では、発掘された遺構をそのまま見せていて、館の座敷を原寸で再現した部屋もありました。朝倉氏の繁栄と滅亡の話もそうですが、遺跡を残して再現するために、たくさんの人が力を尽くしてきたことにも心を動かされました。

館内に残る遺構 城下町の模型 城下町の模型 再現された会所 座敷の掛け軸

外に出て、町並みを復元したところも歩きました。土塀の道に、武家屋敷や町家が並んでいます。

土塀の道 再現された家の中 紺屋ののれん

ひとつ残念だったのは、全国旅行支援の3,000円のクーポンがなぜか使えなかったこと。福井県、なぜ?

さて、ここからは本気で京都を目指さないと、講演に遅れてしまいます。

一乗谷から京都へは、信長が金ヶ崎で朝倉と浅井に挟み撃ちにされかけたときに、京都へ逃げ帰った道すじをたどって走りました。一乗谷で朝倉氏の話を聞いたばかりなので、ちょうどいい順番です。京都へ向けて本格的に走り出したのは、夕方5時過ぎ。敦賀を通ったのが6時半ごろ。そこから琵琶湖の北の今津のあたりで山あいの道に入り、7時半ごろに朽木谷を抜けました。信長が泊まったという朽木です。そのあとは大原を通って京都の町へ。

もっとも、敦賀に入るころにはもう暗くなっていて、景色はほとんど見られませんでした。京都の宿に着いたのは9時を過ぎていました。

京都の宿は「SAKURA TERRACE」に2泊。2泊で31,600円、全国旅行支援で実質15,800円です。着いてから、ラウンジでようやくひと息。

宿のラウンジでビール 京都の宿の部屋